イタリア旅行記  (2005年8月)

仕事の上でイタリア企業との関係が深まってきていることもあって、今回日本出張の機会を利用してイタリア経由で赴任先のブラジルへ戻ることとした。時間が限られていたので駆け足旅行になったが、十分イタリアを堪能することが出来た。

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 予定より若干遅れて出発。JALの機体は古めかしいサンパウロ路線より更に古く何とシートには灰皿付いていた。

 夕刻7時過ぎにローマ、フィウミチーノ空港に到着。公認?白タクでホテルへ。ちょっと不安もあったが無事30分ほどで市内中心部のトライアーノホテルへ到着。料金は65ユーロなり。

 荷物を整理した後、近くを散策に。取り合えず同じブロックを一回りと思ってずんずん歩くとそこはトレビの噴水で人が沢山。機内食食べ過ぎあまり食欲も無かったのでトレビの近くの店でプロシュート100グラムとビールを買ってホテルで軽くすませることにした。簡単にホテルに戻れるはずが、どんどん見当違いのところに迷い込み、地図を見ても判然とせず、ちょっと焦る。迷子状態の小生にアホなサウジアラビア人から道を聞かれた。何を考えてるのか、一緒に音楽でもと誘われる。勿論ノーサンキュウ。何とか見覚えのあるところに帰りついてやれやれでした。


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 朝7時朝食もそこそこにホテルを後にし、ローマ市の北方面を散策。昨夜と違って人気の無いトレビからスペイン広場へ。階段の上の古代エジプトのオベリスクは改修中で靴の宣伝で雰囲気ぶち壊し。しかしそこから高台の公園沿いは市内が一望でき気分良し。さらに進みポポロ広場へ。広場を横切りさらにテヴェレ川を渡ってバチカンへと歩を進める。途中ローマ歴代皇帝の墓と言われるサンタンジェロ城を見学し、サンピエトロ広場へ。カソリックの総本山、サンピエトロ寺院を見学。流石に立派なもの。

 バチカンを後に再びテヴェレ川を渡って市内へ戻る。橋の上で何やらロケをやっているが、俳優はどうやら中国人。ともかく中国人がやたらに多い。かつての農協さんという所か。日本人はたまにしか見かけない。見かけても団体さんばかりで個人旅行者は皆無だ。

 ナヴォーナ広場で絵を二枚購入。近くのパンテオンへ。紀元前に建てられたとは思えないほど立派な建築物。昨夜迷って途方にくれていた辺りをさらに南下しヴェネチア宮殿博物館へ。内部は軍事博物館。直ぐ隣のフォーロ・トライアーノの脇を通ってホテルへ帰着。午後11時過ぎだったので約4時間のウォーキングであった。一息ついた後、JALのオフィスに連絡し明日のナポリ・ポンペイツアーを予約した。





 

 昼食は近くのシチリア料理のレストランでプロシュート&メロン、スパゲッテイ・カルボナーラを注文。シチリア料理ではないけどまずティピカルなメニューから食してみたっかたので。プロシュートは美味かった。色からして何とも言えないあめ色。写真をとっておけばよかったと思ったが既に胃に納まっていて手遅れだ。聞いてはいたもののパスタは非常にアルデンテでびっくり。デザートはこれも定番のティラミス。まぁまぁ。

 時間は一時を回りかんかん照りのなか非常に暑くなってきた。両脇に古代の遺跡を見ながらコロッセオへと進む。スターウォーズのエピソード1に闘技場での戦闘場面があるけど、コロッセオを意識したんだなと。





 暑くて気力が半減、それでも帰路フォロ・ロマーノを見学しよれよれ状態でホテルへ帰着。午後
3時半頃。しばらく冷房のきく部屋で休息した後、再び出陣。ナツイオナーレ通りを登って三越ローマ店へ。どこに居たのかと言うほど日本人だらけ。目ぼしい物無くホテルへ一旦戻り夕食摂りにトレビの泉界隈へ。家族連れやアベックばかりの店に入るのは若干抵抗あり。ちょっと雑踏から離れたトラットリアでシーフードサラダにシーフードリゾットを注文。ファーストフードみたいなメニューを持ってきたので何も期待していなかったのにこれが意外や意外、すごく美味。特にリゾットのメヒジョンが口の中でとろけるようで最高。おそらく新鮮だったのだと思う。いつも冷凍しか食べていなかったから。デザートはパナコッタ。一度経験すればもういいかなと言った感じ。

 ローマはどこへ行っても紀元前からの遺跡と中世からの町並み。このプラットフォームはそのまま大事に維持し内部を少しつついじりながら時代時代のローマっ子に受け継がれてきたっということか。多少住み辛いことはあるだろうが、観光資源とのバランスからどちらを優先すべきかは明らか。


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昨日依頼しておいたツアーの出迎えが7時きっかりにあった。テルミニ駅近くのホテルに集合、23名(全員日本人)参加のツアーとなった。大型バスに乗り換えて一路ナポリ・ポンペイへ向け出発。国道1号線をひたすら南下。途中一回のトイレ休憩を入れ役3時間でポンペイに到着。ヴェスヴィオ山の噴火で灰に埋もれたポンペイは聞きにまさるところ。まだ全体の2/3程度しか発掘されていないらしい。日本の弥生時代、約2000年以上の昔に滅んだ町なのに、町としてのインフラや機能は非常に合理的に設計されていたことに関心した。 水道もあったし、サウナ、共同浴場など驚くことばかり。馬車乗り入れ禁止の歩行者天国などよく現代を先取りしていたし、町並み、各住宅の様子は現代と何ら変わるところがない。各家に描かれたフラスコ画など装飾など現代など及びもつかない。パン屋の石釜は、基本構造は日本の石釜パン屋にあるものとそうかわらない。 洗濯屋では石鹸が無かったのでお小水を使っていたというのはご愛嬌、この2000年の間に変わったことは、結局は住宅の基本ファシリティではなく移動と通信だけだったとつくづく思う。






 遺跡見学後、昼食はフランスのアルザス在住のご家族と一緒にとる。もう既に
4年ほど滞在している由。27歳の娘さんはフランス語を学んでいるとか。

 帰途ナポリのカメオの工房を見て、海岸経由ローマへ。カメオはほら貝のような貝殻に彫刻を施したものとは知らなかった。この道40年の工人さんが手をみせてくれたが、流石に年季が入って大きな親指にたこだらけの手のひら。工房を出発し再び国道1号線を北上、午後6時過ぎにローマに到着。解散した後、テルミニ駅で明日のフィレンツェ行きの列車の時刻表をチェックする。エウロスターというTGVと鈍行とがあったが、3時間半ほどの旅程なので鈍行を選択した。

 ホテルへの帰途、入ったレストランは若者向け。スペイン語のラップを聞きながらガレトを注文。美味。但しサービスは最悪。ビノデカーザを一本呑んでしまったため、ホテルに戻ってすぐにばったんきゅう。

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 朝6時過ぎにホテルをチェックアウト、タクシーを呼んでもらいテルミニ駅に向かう。714分発の鈍行でフィレンツェに向け出発。トスカーナ州の景色を楽しみつつ11時前にフィレンツェSMN駅に到着。タクシーでホテルに。チェックインはしたものの、早すぎて部屋が空いていないため、荷物を預けすぐに市内を散策することにした。ホテルは市内を貫くアルノ川の近くにあり、川沿いにブラブラと進む。ブタペストに似た景色。川沿いに中世の町並みがあればすぐそう思ってしまうのは単純過ぎ?ヴェッキオ橋の両脇にある宝石店を冷やかしながらビュッティ広場へ。セラミックできれいな作品多数あり。欲しいと思うけど高いのと帰りの荷物を考えるとちょっと二の足。アルノ川沿いのピザ屋で昼食。本場での初めてのピザ。期待したほどではなし。昼食後、ドーモを見学してアカデミア美術館へ。ここでミケランジェロのダビデ像のオリジナルを見学する予定であったが、あまりの行列でちょっと並んではみたもののすぐに断念。ブラブラとSMN駅に向かい、いっそピサの斜塔でも見に行くかという気持ちになる。二時半の電車でピサへ。約一時間ほどの行程でピサに到着。駅から斜塔まで約2Kmの道のりをぶらぶらと進む。書物やTVのドキュメントでしか観た憶えのない斜塔を目前に。イタリアはしたたかな国、出来そこないの建造物でも観光資源になるのだから。ともかく観光客が一杯で例によって人疲れ。早々に退散する。5時半の電車に乗りフィレンツェに戻り、ホテルで一休み。その後近くのレストランで夕食をとる。今までの最悪の選択だった。トスカーナ州のティピカル前菜のハム類はやたら塩辛く、やはりトスカーナ名物のTボーンステーキは脂がのっておらず、とりの胸肉のよう。客はアメリカ人ばかり。これじゃ味が洗練されないはずと納得。

靴ずれが痛むので薬局を捜すが行き当たらず。





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昨日ピサ観光して余裕があるため、ウッツフィ美術館に行くことにした。相当な混雑が予想されたので朝8時半の開館の30分前に到着。既に行列は100mほど出来ていて一時間待ったものの待ち時間は2~3時間とのことだったので断念。予約するかハイシーズンを避けるしかないのかも。仕方が無いのでぶらぶらと街を散策した後、ホテルに戻って一休み。昼前にチェックアウトし、荷物を預け再び街へ。ドウーモに近いレストランで今一度プロシュートとメロンの前菜にフルトデマールのスパゲッテイを注文。まずまずといったところ。どうも後半ははずれが多い。後半はRistaurantを選んでいるがこれがまずいのかも。トラットリアの方が口に合ったのは偶然なのか。今日のレストランもアメリカ人ばかり。

 それと本場もんのカルパッチョなどもっと色々と試食すればよかったと反省しきり。再びぶらぶらと散策し、陶器の店で気に入った調味料入れを買った。120ユーロなり。ホテルに戻って荷物をピックアップし空港へ。出発の3時間前に着いたが早すぎてチェックインしてもらえず。田舎の空港で座るところもないのでカーとに腰掛け時間をつぶす。

 離陸してからは1時間40分でシャルルドゴールに到着。気圧調整がへたで耳が痛いのなんのって。スッチーもあくびをしたりガムを噛んだりして調整していた。

パリで2時間ほど待った後、AFに乗り継ぎ。ほぼ定刻通り離陸し12日未明にサンパウロに到着した。




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