2010年8月21日
この夏3回目の北アルプス登山である。私にとっての笠ヶ岳は途上国の小国のようなイメージであった。名前を聞いても場所がすぐに思い浮かばないような地味な山だからだ。百名山巡りを始めてからも「すぐに登りたい山リスト」には入っていなかった。北アルプスの名峰のなかでも3000mに満たない、主稜線から外れていて他の百名山の「ついでに」寄れるような山では無いからだ。しかし、今年の夏、黒部五郎岳や奥穂高岳から笠ヶ岳を眺めたとき、そのぽっこりした陣笠姿がとても印象的だったので、一気に順位が繰り上がって登りたい山リストのNo.1になってしまった。予報によればこの週末は好天が続きそうだ。さっそく行こうと決めたが、問題はアプローチ。出来るだけ一日一名山で効率よく百名山行脚を進めたいと思っているので、新穂高からの日帰りとしたいが、事前にネットで情報収集すると笠新道からの往復には12時間以上を要しているケースが多い。そうすると新穂高を遅くとも午前5時に出発しないと暗くなってしまう。さらに逆算すると午前零時には自宅を後にしなければならない。そのためには夕食を午後6時前に終えて7時には就寝というようにどんどん遡って前日のスケジュールが決まった。
ちなみに前夜現地へ入って車中泊する手は私には向かない。超がつく朝方人間(歳のせいもあるが)なので、夜8時を過ぎて集中力を要する車の運転などとても出来ないからだ。と言うわけで予定通り自宅で仮眠をとった後、午前零時に出発、まだ真っ暗闇の新穂高には4時過ぎに到着した。駐車場よりさらに上に行ったところで道路脇に適当なスペースを見つけて駐車する。身支度をしている間にもヘッドランプをつけた登山者が続々と通過していく。今日の山は相当賑わうかも知れない。
4時半に車を後にする。歩き出して10分で車止めのゲートを通る。駐車場に停めるより少しは時間を節約できたかも知れない。林道を黙々と歩く。穴下谷の大規模な砂防工事が見えてくる頃には夜が白々と明けてきた。今日も天気が良さそうだ。歩きながら日焼け止めをしっかり塗っておく。笠新道への分岐には水場があったが、500mリットルのペットボトル4本がしっかり満タンなので素通りして新道へと取り付く。
笠ヶ岳の登山口(下山時撮影)
最初のうちはジグザグの道が適度な斜度を保っているので、これなら楽だナと思い始めた途端、そんな安易な期待を挫くように石交じりの急登になった。途中で一人に追いつくが、その直後、急ピッチで登ってきたスナップザックの若者にあっさりと抜かれた。笠新道は南東に面しているので背後からの日差しが厳しい。早朝で気温がそれほど上昇していないのが救いである。木々の間から穂高連峰と焼岳の荒々しい山肌が見えてきた。この光景に心を奪われついつい余所見をしながら歩いていると、登山道から足を踏み外して熊笹のなかに倒れこんでしまった。これが岩尾根だったらどういうことになるか。バランスをすぐ立て直せない私のような中高年はこうして他愛なくあの世行きになるのかも知れない。
朝日とともに焼岳が姿を現わしてきた
背中に日差しを受けて厳しい樹林帯の登り
抜戸岳の稜線
笠ヶ岳方面
樹林帯を抜けて空が広くなってきた所で唐突と急登が終わり、眼前に笠ヶ岳から抜戸岳へかけての稜線が広がる。このいきなりパノラマが広がるときの快感は何とも言えない。大自然が監督する最高の演出だ。杓子平までは少し下っていくが思ったより時間がかかる。ここから抜戸岳直下までの標高差300m足らずではあるが急勾配の登りが結構きつい。
この登りがきつかった
槍穂高の峰々
黒部五郎、薬師岳が背後に見える
稜線からは北ア南部の山々が一望である。抜戸岳には帰路に寄るつもりであったが、早くもガスがどんどん上がってきていて眺望は今がチャンスと思い直して先にする。しばらく行くとピークの上でオバちゃん達が騒ぎながら山座同定を楽しんでいる。疑いもせず、てっきりそこが頂上と思ってしまったが、帰宅後GPSをチェックするとどうやら本物の抜戸岳の頂は、もう少し先に見えたピークだったようだ。写真をとっている間にもどんどんとガスが穂高方面から上がってくるので先を急ぐことにした。
笠ヶ岳の登り道から振り返るとガスがどんどん上がってきた
笠ヶ岳小屋へはもう一息
細かなアップダウンを繰り返しながら稜線上を行く。近くに見えているようで中々近づかない。笠ヶ岳山荘へ登りで先ほど追い抜かされたナップサック君とすれ違う。彼はもう登頂を終えたのだ。私は歳の割には脚力がある方だと「うぬぼれ」ていたが、単なる「おいぼれ」だったようだ。山荘前を素通りしてそのまま頂上へと向かう。頂上には10時20分に到着、5時間50分を要した。穂高側からの霧で視界がかなり閉ざされてきている。それでも黒部五郎岳、その先には薬師岳のどっしりした姿が見えているのが救いだ。
やっと着いた頂上
ぞくぞくと登山者が登ってくる
飛行機の窓から見るような雲
頂上の祠
栄養補給をして帰路に備えるが、どうも腹具合がおかしい。結局本命の笠ヶ岳頂上ではゆっくりできずそそくさと下山することになってしまった。山荘のトイレに立ち寄って事なきを得た。やれやれである。頂上を見上げるとさらに霧が深くなってきているようだ。尾根筋が見え隠れするような状況になっている。この季節、午前10時までが勝負ということか。この頃になると続々とハイカーが登ってきた。なかには数十人の団体もいる。すれ違いでの時間ロスも相当なものだ。目的も達成しガスで展望もないので黙々と歩を進めるのみ。先ほどとは打って変わって抜戸岳分岐はすっかり霧に包まれている。ここから杓子平へ向けて急な下りとなる。
杓子平への下りでライチョウが2羽
ぞくぞくと登ってくる人達
見つけた小さな秋
多くのハイカーと行き交うが、皆さん苦しそうだ。杓子平からしばらくフラットになり、尾根を越えてからまた急下降になる。ここでも多くのハイカーがしんどそうに登って来て、皆口を揃えて杓子平まであとどのくらいかと聞いてくる。なるほど「猫も杓子も」とはこのことか。更に下るにつれてガスは晴れて日差しがきつくなる。下りといえども汗びっしょり、用意してきた2リットルの飲料が底をついてきた。最後の一口を飲んでさらに一頑張り、ようやく登山口に着いた。ここの水場で喉を潤す。それほど冷たくもない水が何とうまいことか。林道を駆け下っているのは気持ちだけ、重い足を引きずりつつ翌日の予定を考えた。第一候補は折立から薬師岳往復だが、この暑さのなか二日続けてロングコースはやはり厳しい。第二候補は畳平から乗鞍岳。例によってイージーな方向への決断は早い。乗鞍にしよう。
帰路、ひかくの湯に寄って露天風呂で汗を流した。700円也で何と缶ビールつき。残念ながら車なのでビールの代わりに涙を飲んだ。その後は沢渡で早めの夕食を摂って乗鞍高原へと向かった。
行動時間 10時間43分
歩行時間 9時間45分
歩行距離 23km
標準CT 14時間55分
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