燕岳   長野県 2763m 二百名山 
 大天井岳  長野県 2922m 二百名山 
 

2011619

 先日白砂岳に登って体調がすっかり回復したことが確認できたので、もう一段負荷を上げてみることにした。とは言え、携帯も通ぜず、一日歩いて誰とも会わないような山では万一の時にお手上げになる。人口密度の高そうなところを選び、カテーテル手術後の山歩き第二弾は北アルプスとした。それも最もポピュラーでありながら、今まで一度も足を踏み入れていなかった燕岳と大天井岳だ。

 午前
1時過ぎに自宅を出る。梅雨の最中なので一番の気掛かりは天候だ。車は長野県に入ったが、時折小雨が降ってくる。予報によれば北陸と東北地方は晴れ模様、甲信地方は曇りなので表銀座辺りの天候がどうなるか微妙なところだ。晴れることを祈りつつ夜のすっかり明けた中房温泉に到着。初めてで勝手がわからず、案内に導かれるままに第三駐車場に車をとめた。広い駐車場は半分程度が車で埋まっている。登山口に近い駐車場は満車だったので結果的にはここを選んで正解だった。それにしてもこの込み具合、さすが人気ナンバーワンの山らしい。

 車中で朝食をとり午前
5時に車を後にした。登山口まで舗装された道をゆっくりと歩く。後ろから次々に車が追い越して行くが、満車の駐車場を見てUターンしている。立ち寄り湯の先に登山口があった。カラフルなウエアを着飾った沢山のハイカー達で賑わっている。登山口を過ぎるといきなりの急登だ。合戦尾根は北ア三大急登の一つだとか。気温はそれ程でもないと思うのだが、湿度が高いせいかすぐに汗だくになる。ペースを調整し呼吸が乱れない程度に抑えて歩く。それでも何人か先行するハイカーに追いついた。小学生のお子さん連れのパーティを追い越したときに子供からグサリの一言。通せんぼして、後ろのおじいちゃんが迷惑しているよ。君の10倍近く生きているのは事実だけど、せめての字は呑み込んで欲しかった。とほほ。


             このすぐ上が登山口                      気がつかないうちに第二ベンチに到着


 高度が上がるにつれて左手に雪渓とのコントラストの美しい黒々した峰々が見えてきた。これは東天井岳から常念岳へかけての稜線だろうか。休憩用ベンチは全てパスして歩き続け、標高
2500m弱の合戦小屋に着いた。中房からちょうど1000m登ってきたことになる。先が長いのでここも素通り。この先、次第に雪道が多くなる。雪渓のトラバース箇所が幾つかあるが、いずれもスコップで斜面をカットし、立派な道を造成してくれているので危険は無い。この辺りから燕山荘を朝発って来たと思われるハイカー達とすれ違う。雪渓をキックステップで歩いていると、年配のご夫妻がこちらをじっと見ている。ご主人から奥さんに向かって今度は嬉しい一言、見てごらん。雪道はあの人のように歩くんだよ。歩き方を褒められたなんて初めてだ。これで気を良くして、先ほどのグサリの一言は帳消し。

 森林限界を越えると南北に大パノラマが広がってきた。はるか北方には後立山連峰が屏風のように連なっている。南にはどっしりした大天井岳が、そしてその右には槍の穂先が顔を覗かせている。ここからもうひと頑張りで燕山荘に到着だ。


               常念方面の峰々                    本当に富士山が見えるのか?富士見ベンチ



              合戦小屋                             槍ヶ岳の穂先が顔を覗かせる



久しぶりの槍ヶ岳、これが見たかった


後立山方面を望む(鹿島槍だろうか?)



            歩き易く整備された雪渓                              燕岳は後回し           



燕山荘より



鷲羽岳、水晶岳方面、手前の赤茶けた山は硫黄岳か


 燕岳は帰路に寄ることにして、まずは大天井岳を目指す。この山に続く稜線には、それほど高低差は無いように見えるが、如何せんうんざりするほど遠いのだ。登山客で賑わう燕山荘前から少し下った分岐から大天井岳への縦走路へと入る。いつの間にかガスが湧き出してきて槍の穂先が雲のなかだ。そのうち大天井岳の山頂部分もすっかりガスで覆われてしまった。それでもまだたっぷりの雪を頂いた鷲羽岳や水晶岳等の峰々を眺めながらの稜線漫歩は楽しい。蛙岩のような奇岩通過もあって飽きることがない。大下りの頭で一回目のランチをとった。シュッシュッと風きり音がするので何事かと周囲を見渡すとツバメが飛び回っていた。なるほど燕岳と命名したのはこういうことだったのかと納得。

 腰を上げて縦走を再開する。大下りでせっかく稼いだ高度を
100m放出するのは辛い。しかもここは帰り道には転じて大登りになるのだ。雪渓歩きや為右衛門吊岩など奇岩も楽しみつつ歩いていくとあれほど遠くに見えた大天井岳もいよいよ間近に迫ってきた。下から見上げると斜めに山腹をカットしている夏道は雪渓に埋もれてしまうので、直登しなければならないようだ。

 喜作レリーフを過ぎ、道があるようで無いようなガレた岩場の踏み跡をジグザグに登っていくと単独の青年が下ってきた。この縦走路で始めて出会った人だ。今日はどこから来てどちらまで行くのか聞きたかったが、無駄話拒否オーラが出ていたので挨拶のみ。
1015分に無人の山頂に着いた。中房から単純標高差1471m5時間15分を要した。自分の脚力では日帰りぎりぎりの山と言った感じ。いずれにしても、これで二百名山の百座目達成、記念すべき折り返し地点に到達だ。ガスで今ひとつの眺望だが、健康トラブルに見舞われながらも、こうしてアルプスの山頂に立てるだけで感無量だ。


           先は遠い、ガスが気になる                     何に見えますか?蛙それとも猪?



            大下りの頭で一休み                           稜線上の雪はこの辺りだけ



          大天井岳の頭がガスに隠れた                    振り返ると安曇野側からガス



斜めに走る夏道は使わず正面から登る



             あいにくガスの頂上                            大天荘もガスのなか


 本日二回目のランチで帰路の燃料を補充する。胃袋が満タンになったところで下山開始。深いガスで視界が閉ざされていたら方向を見失ってしまいそうなところだ。浮石に気をつけながらどんどん下る。再び細かなアップダウンを繰り返す縦走路を逆に辿っていく。途中でホシガラスを見つけた。近くに寄っても逃げようともせず、何かを啄ばんでいる。その先にはかなり長い時間じっと動かずにいるハイカーがいるのに気がついた。何事かと近寄ると女性二人のパーティで雷鳥のつがいを間近で観察していたのだった。人通りの少ない稜線だとこうした自然観察の楽しみがあるのだ。


ホシガラス、大きさは雷鳥ほど



今度は雷鳥


 大下りを登り返し、疲れた足に鞭打って再び燕山荘に到着。時間が遅くなったせいか、先ほどの賑わいは無い。小屋は素通りして燕岳へと向かう。ネットでお馴染みのイルカ岩など花崗岩のモニュメントを観賞しながらゆっくり登っていく。燕岳山頂には
1315分に到着。嬉しいことに山は101座目登頂のお祝いをしてくれた。これまでずっと閉ざされていた槍の穂先が、私の到着を待ち構えていたようにご開帳したのだ。先ほどの大天井岳同様、この頂きも独り占め。


              燕岳への登り                                  101座目の頂



燕岳から槍ヶ岳の御尊顔をもう一度



              奇岩いろいろ                          ネットでお馴染みのイルカさん


 大展望を前にゆっくりしていきたいところだが、帰宅が遅くなってしまう。回れ右して下山にかかる。用意していた1.5Lはすっかり飲み干してしまったので、小屋でポカリスエットを買い求めた。これが小屋泊まりなら迷わず生ビールといきたいところなのだが、我慢我慢。すっかりガスに埋もれてしまった合戦尾根をどんどん下る。

 何パーティか追い越して長丁場の割には足の疲労も少なく我ながら上出来だと思っていたら、上からドンドンと地響きが聞こえてきた。何と若い女性が髪の毛を振り乱しながら駆け下ってきたのだ。私を追い越してあっと言う間に姿が見えなくなる。道は濡れて滑りやすいし、転んで怪我しなければいいなと彼女を気遣ったが、実はそんな心配は自分に向けるべきであった。沢音が次第に大きくなり、登山口近くのトイレの赤屋根が真下に迫ったところで前のめりにダイブしてしまった。一瞬のことで滑ったのか、躓いたのかわからない。右半身から落下し思いっきり強打。すぐに体全体を点検、肘や膝は幸い擦り傷程度だった。一番のダメージは右の手の平。痛くて指が動かせないし、見る見る親指の周辺が腫れてきた。泥まみれのまま下山を続け、すぐにトイレで泥を落として冷やしたが、右手は使えそうに無い。

 車に戻って着替えようとするが、左手だけでは思うに任せない。それでも何とか着替えを済ませ、傷にも応急の手当てをしてようやく一息ついた。さて東京までどうやって帰ろうか。左手だけで運転するのは厳しいがやってやれないことはない。後ろに車の列をつくりながらも、ゆっくりと山道を下り安曇野の市街地へと入った。じわじわ痛む右手を抱えて辛かったのは渋滞だ。千円高速の最終日だけあってどこも大渋滞、山歩き含めトータル
22時間かかって自宅に帰り着いたのだった。

 GPSのトラックレコードが、ちょうどこけた場所であらぬ方向へ飛んでいるのが面白い。これを見ると本当に登山口に近いところなのだ。25kmを歩いて自分では気がつかぬほど疲れていたのか、それとも、やれやれ無事下山できたと、緊張が緩んだのか。家内曰く「もう年なのだから、いい加減バランス感覚や足腰の衰えを素直に自覚したら」。まあ、そうかも知れない。ステンレスで補強された文字通り筋金入りの心臓と新調の登山靴でいい気になっていたのかな。山と健康の項目で書いたように、「年不相応の無理な日帰りは止める」時を告げる天の声だったのと真摯に反省しよう。ちなみに青紫色に腫れ上がった右手のその後だが、翌日整形外科で手のひらをX線撮影、幸い骨折していなかったので一安心。全治1週間の打撲傷でした。

行動時間  10時間30
歩行時間  10時間

 
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