高嶺山梨県 2779m         
 

201511月4日(水)

 早川尾根にはアサヨ峰と高嶺という二座の日本百高山がある。今年の夏にこの二つをまとめて踏破しようと目論んだが、前者であえなく力尽きて高嶺のピークを踏むことは出来なかった。

 この山に再挑戦するのに一番お手軽で最短の方法は、広河原から白鳳峠経由ピストンすること。しかし高い交通費をかけるにしては少々物足りない。次に検討したのは、夜叉神峠から鳳凰三山縦走し、最後に高嶺を越えて広河原へ下山する案。面白そうだが、かなりの長丁場となり広河原の最終バスに間に合わない可能性がある。結局、御座石温泉から地蔵岳を経由し、高嶺を往復することにした。大きい標高差が辛くても、見晴らしの良い尾根ルートなのでかけた労力に見合うだけの眺望が得られるだろう。

 午前
5時半にまだ暗闇に閉ざされた御座石温泉に到着。広い駐車場には山梨ナンバーの車がぽつんと一台あるだけで閑散としたものだ。


               御座石温泉                 標高1100m辺りが紅葉の盛り


 明るくなるのを待って
555分に車を後にした。しばらくはジグザグの緩やかな登り。登山道がどこにあるのか分らなくなるほど積もった枯葉のふかふか絨毯が晩秋を感じさせてくれる。

 大規模な治山工事現場を過ぎると急登が始まる。車の外気温計が
2℃を指していたのが嘘のように早くも汗だくだ。額から噴き出した汗が眼鏡にぽたぽた落ちてくるのが煩わしい。こうした情け容赦の無い急登は標高差にして約1000m、燕頭山の頂まで延々と続く。


              急登が続く                  八ヶ岳が疲れを癒してくれる


 燕頭山から先は、一転してなだらかな遊歩道となる。折々に垣間見ることができる八ヶ岳や富士山、甲斐駒ケ岳、さらにはすっかり冠雪した北アルプスのゴージャスな展望が疲れを癒してくれる。


                燕頭山からは、、、            緩い登り道                   



すっかり冠雪した北アルプス


 
3時間40分で鳳凰小屋に到着。小屋は厳重に戸締りされており、管理人は不在だった。ベンチに座ってカロリー補給をしていると若い単独の男性が下ってきた。聞けば今朝南御室小屋を発ってきたとのことだ。


           沢筋を進むと、、、                  まもなく鳳凰小屋


 小屋を後にし登行を続行する。地蔵岳手前のザレ場の急登は何度歩いても辛いものがある。一歩進むと半歩ずり落ちてしまうのだ。この蟻地獄を喘ぎ登っていると、男女数名の中高年パーティが下ってきた。彼らも南御室小屋からだろうか。


蟻地獄を喘ぎ登る


 出発から
4時間40分で地蔵岳山頂直下の賽の河原に到着。オベリスクは割愛し赤抜沢ノ頭へと向かう。このピークから高嶺への稜線を観察すると岩稜が続いていて意外なほど険しい。それに左手のザレ場につけられた踏み跡が紛らわしい。つられて降りてしまいそうだが、登山道はあくまで稜線沿いなので要注意。


            賽の河原のお地蔵                地蔵岳オベリスク


 小さな起伏のある痩せた稜線を高嶺に向かって進む。振り返ると、地蔵岳南西側に砂礫化した花崗岩の雪と見まがうばかりに白い斜面が広がっているのがとても印象的だ。



赤抜ノ頭より高嶺を望む


 11
25分、標高2779m、日本百高山68番目の高嶺山頂に立った。予想はしていたが、ここは南アルプス北部の絶好の展望台。北岳、甲斐駒ケ岳、仙丈ヶ岳の三名峰が眼前にほぼ等距離、等間隔で並び、鳳凰三山が指呼の距離にある。


高嶺山頂 うっすらと冠雪した北岳をバックに



地蔵岳の南西面は花崗岩で真っ白



アサヨ峰 奥には甲斐駒ケ岳、そのまた奥には北アルプス



観音岳と富士山


 快晴の下、滅多にない大パノラマを思い残すことなく堪能し、帰途につく。引き返す途中で単独女性と出会った。彼女は高嶺を越えて広河原へ下山するそうだ。

 毎度のことながら、往路と同じ経路を引き返すのは新たな発見が無いだけに辛いものがある。しかも標高差が
1800mもあるうんざりする程長い道程なのでなお更だ。こうした時必ず頭に浮かぶのはスキー。登っただけ楽しめるとは何と便利な道具なのかとつくづく感心してしまう。


              長い帰路                    紅葉が疲れを癒してくれる


 御座石温泉にはスキーならぬ足を棒にして午後
330分に帰着した。おそらくこれが今年最後の南アルプスだろう。また来年も宜しくと山々に別れを告げて、満ち足りた気分でハンドルを握ったのだった。


行動時間  
940


後記

 今回登頂した高嶺は、山でも岳でも峰でもなく何故「嶺」なのだろうか。私の知る限り他の山で「嶺」と称されているのは大菩薩嶺だけ。嶺の領はひざまずいて神意を聴き入る姿や、服の襟首という意味なんだそうな。山頂に対しては言わば肩の部分。ちょっと低いところを指すらしい。深田久弥の日本百名山に依れば、嶺は以前「峠」と読まれていたとある。大菩薩嶺は山頂がどこだか判らないフラットな山でそんな命名が納得できる気もするが、高嶺はどう見ても切り立った立派な山容なので当てはまらない。姿形から命名されたのではなく、他に宗教的な意味合いがあるのかも知れないのだが、どうもスッキリしない。。。




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