白峰南嶺  南アルプス      
 

 一度は歩きたいと思っていた白峰南嶺。しかし、アプローチがとんでもなく長く、水の無い稜線上でのテント泊が必至という厳しきお山。腰に負担のかかる重荷を敬遠したい私には無理と半ば諦めていた。

 ところが最近、奈良田から笹山へ直接登り上げる新道が開かれたらしい。私の持っている
2009年版の山と高原地図には影も形も無かったコースだが、これで一気に夢が現実に近づいた。

 ポイントとなる宿泊地は大門沢小屋。新道から登って時計回りに周回すると、稜線歩きがガスのかかる時間帯になってしまい、道迷いや夕立のリスクがある。それに疲労困憊して辿りつくであろう大門沢下降点の先には、悪名高き激下りの試練が控えている。未知の
新道に若干の不安はあるものの、ここはやはり反時計回りとすることに決めた。


2015721日(火

 この日の行程は大門沢小屋まで。ゆっくり自宅を出発して奈良田入り。当てにしていた吊り橋前の駐車スペースは落石で使えず、第一駐車場は満車。結局、下山地点から最も遠い第二駐車場に車をとめるしかなかった。


          第二駐車場に車をとめる              奈良田橋を渡ってスタート


 パッキングを済ませ、
940分に車を後にする。夏の強い日差しが容赦なく降り注ぎ、奈良田橋を渡った時点で早くも汗だくになる。急ぐ必要もないので思いっきりペースダウンし、日陰を拾いつつのんびり歩く。

 奈良田第一発電所から左に折れてなおも続く林道歩きにいい加減飽きた頃、重機が唸りを上げる工事現場に到着。登山者用に迂回路が設けられていたが、うっかり気がつかず、作業員のおじさんに一喝されてしまった。


         強い日差しの下での林道歩き            吊り橋を渡る


 工事現場を後にすれば人間界の喧騒もそこまで。取水口の先の吊り橋を渡ると、ようやく南アルプス本来の自然が出迎えてくれた。真夏でも涼しく、水の流れに心も洗われる楽しい沢歩きの始まりだ。お馴染みの丸木橋も次々に登場。中にはガイドロープが無かったり、あっても左右に傾いてバランスの取りにくい丸木橋があったりするが御愛嬌。


            ほっとする水の流れ               丸木橋を渡る


 この頃になると三々五々下山してくるハイカーと出会うようになった。しばらくすると道は一旦沢を離れる。胸を突く急坂を登ると見事なブナの台地に出た。この台地を緩やかに登っていくと、いつしか支尾根を乗越して再び沢筋へと降り立つ。


          こんな壊れたような橋もある            公園のような台地


 丸木橋を何度か渡り返していくと、本日の宿、大門沢小屋が見えて来た。時刻は午後
2時。本日一番乗りとのことで、翌日の早出に備えて出入り口に一番近い場所を当てがってもらった。


         再び沢に降りてしばらく歩くと、、、          大門沢に到着


 常に何かをしていないと気が済まない貧乏性の私にとって、上げ膳据え膳の小屋泊はいつも時間を持て余してしまう。頼りのスマホは圏外。ぼんやり景色を眺めたり、小屋前広場のテント設営を手伝ったりしても、時計の針は遅々として進まない。幸いその後到着した小屋泊のハイカーと話ができて幾分気が紛れたので助かった。夕食の後はもう寝るだけ。まだ明るいうちに床に着いたのだった。


2015722日(水)

 午前215分起床。そっと小屋を抜け出し、外で身支度を整えた。空には久々に見る満天の星。しかし午後は天気が下り坂との予報があるので、夏山の行動は早ければ早いほど良いのだ。

 245分に出発。電池がへたってヘッドライトの光が今一つ薄暗く頼りない。それでも良く踏まれた道をまさか見失うことは無いだろうと、予備のランプと交換せずに歩きだした。

 案の定、小屋を出て間もなくガレ場にミスルートしてしまった。おかしいと気づいて
GPSで位置確認すると、何と大籠岳方面へ突き上げる南沢に入り込んでいる。やはり手を抜けばしっぺ返しがあるのだ。すぐに予備と交換し、ガレ場を引き返した。まともな照度があれば、したくても出来ないようなお粗末なミスルート、これでのっけから15分をロスしてしまった。

 その後は道を誤ることも無い代わりに、胸を突くような急登に次ぐ急登の連続。悲鳴を上げながらも、順調に高度を上げて行く。途中緊張したのは一ヶ所だけ。沢に架かった丸木橋を渡るのに、ガイドロープはルーズ過ぎて役に立たないし、
45度にもなろうかと傾いた橋の一部は飛沫で濡れていかにも滑りそうなのだ。

 無事にこの難所をクリアした後は、再び激坂の連続だ。ひたすら大小の石と木の根っ子と格闘しながら登り続ける。いつしか樹高が低くなり、振り返れると、木々の間にはモルゲンロートに染まる秀麗な富士山の姿があった。


           ようやく夜が明けた 、               雲海に浮かぶ富士山


 稜線が間近になると、そこかしこに咲き誇る高山の花々が出迎えてくれる。朝陽にライトアップされたお花畑は鮮やかな色合いで実に美しい。


       朝陽にライトアップされた花々              稜線間近


 出発から
3時間ほどで大門沢下降点に到着。強く吹き付ける西風を避け、ちょっと下った岩陰でコンビニ調理パンの朝食をとった。


         大門沢下降点に建つ木村家の碑          大門沢を振り返る


 食後はすぐに行動再開、広河内岳へと向かう。殆ど登りらしい登りもなく
30分ほどど頂きに立った。本日初めての百高山だ。風は一段と強くなり、ウィンドブレーカが千切れんばかりにはためいている。とても長居は出来ず、風に押されるようにして次のマイルストーンへと向かった。


広河内岳へと向かう  右手には塩見岳から蝙蝠岳への長大な尾根



              広河内岳山頂                農取岳を振り返る



塩見岳、蝙蝠岳をアップで



左にドッグレッグし大籠岳へと向かうべきところを、、、


 薄い踏み跡を追って歩いているうちに、次第に稜線から離れてしまった。本日
2度目のミスルート。どうやら池ノ沢へ通じる薄い踏み跡に入り込んでしまったようだ。山腹をショートカットして稜線に戻ろうとしたが、斜面一帯に広がるハイマツを漕いで延々とトラバースせねばならない。それはとても無理なのでガレ場伝いに高度差70mほどを登り返し、稜線の踏み跡へと復帰した。


      ルートミスして池ノ沢へ少し下ってしまうが、、、     ハイマツ帯に阻まれトラバース不可


 その後もあるような無いような頼りない踏み跡を追って歩き続け、大籠岳の頂きに到着。ここでも身体がよろける程の半端ない風の洗礼を受け、百高山
2座目の記念撮影のみで通過する。


          ようやく登山道に復帰し、、、            大籠岳の頂きに立つ



振り返ると北岳や鳳凰三山がお見送り


 風が強くとも、青空の下、一段と存在感を増した塩見岳と蝙蝠岳を眺めながらの稜線漫歩。足元にはタカネツメクサの白い絨毯。こうした景色に出会えただけで、しんどい思いをしてやって来た甲斐があるというものだ。


          タカネツメクサの群生                白河内岳山頂


 白河内岳へ向かう途中、この日初めて登山者と行き会った。昨夜は笹山にテント泊したとのこと。白河内岳を過ぎると道は益々分かりにくくなった。ハイマツ帯の薄い踏み跡へ誘導してくれるのはケルンだけ。ミスルートすればハイマツ漕ぎを余儀なくされてしまうので、一つ一つケルンを慎重に確認しながら進む。進行方向に笹山北峰の頂きが遠望できるようになって間もなく樹林帯へと入った。


ガスに飲み込まれつつある笹山



          ケルンに誘導され、、、               踏み跡を見失いよう慎重に進む


 暫く稜線の西側を巻くようにして進み、急坂の一登りを最後に北峰の山頂に着いた。これで今回の山旅で最後になる
3座目の百高山を無事ゲットすることができた。あいにく天気は明らかに下り坂。せっかくの無木立の山頂なのに、目の前の塩見岳や蝙蝠岳は早くも灰色の雲に包まれ始めている。急き立てられるように南峰へと向かった。


             笹山北峰山頂                 ガスがどんどん湧いてくる


 
10分足らずで双耳峰のもう一つの頂きに立った。北峰とは対照的に木立に囲まれており、眺望は無い代わり風は穏やか。ここで本日二人目の登山者と遭遇した。ダイレクト尾根の途中でテント泊し、登っては来たものの、天気が今一つなので先へ進もうか逡巡していたらしい。この先幕営適地があるかと聞かれたので、「あるにはあるが、今夕から雨の予報だし、稜線上では強烈な西風が吹き荒れているので止めた方が無難」とサジェッション。彼はこれで踏ん切りがついたと潔く諦めて来た道を戻っていった。


            笹山南峰山頂                  下山開始 どこまで降りてもこの景色 


 彼を見送った後、長い下りに備えてのランチタイム。そうこうしていると、強風に交じって時折霧雨が顔に当たるようになってきた。
1040分に私も下山開始。

 深いガスに包まれた尾根道をひたすら下る。行けども行けども変わり映えのしない景色と激坂の連続。最初の内はよくもこんな辛い道を登って来る物好きがいると感心し、そのうち余りの単調さにうんざりし始め、更には、感覚が麻痺して何も考えずに足を前に出し続けるだけの無我の境地に。

 しかしそれも
2時間、3時間と続くと、それも限界に。最後はもはや踏ん張りが利かず、一歩一歩が苦痛の拷問状態。途中で先ほどのハイカー氏に追いついたが、彼は山中でもう一泊する由。テントの重荷を担いでいたら、それも無理からぬことかも知れない。


         最後は沢を渡渉し、、、                吊り橋を渡る 


 足をフルに使い切ってようやく奈良田発電所の送水施設まで下り、殆ど終わったかのような錯覚に陥ったのが大間違い。その先に見えるのは、登山道に沿って設置された鉄パイプの手摺が下へ下へと、どこまでも果てしなく続く地獄絵だったのだ。


 
やっと平地にたどり着いて拷問から解放されたと思ったのは束の間のこと、試練はまだ続いた。奈良田湖へ注ぐ沢の流れを渡らなければ吊り橋に行きつけないのだ。水量の多い沢を右往左往しながら対岸へと渡り、更に長いつり橋を渡り切った後は、第二駐車場までのダラダラとした上り基調の舗装道路歩き。車に帰着したのは1450分。久しぶりに12時間を越えるロングウォークに一片の燃えカスも残らないほど燃焼し尽くしたのだった。


行動時間  12時間10


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