幌尻岳  北海道 日高山脈 2053m   百名山
 
2010年6月26日

 このところ天候の許す限り、毎週末は山歩きに徹している。もともと計画性がある方ではないが、幌尻岳を意識してロングコースを歩けるだけの足腰つくりをやってきたつもりである。先々週の空木岳、先週の平ヶ岳と徐々に難易度の高い日帰り山行を重ね、一応の自信がついたので今回念願の幌尻岳にチャレンジすることにした。30kmを越える長い歩行距離もさることながら、今回の一番のポイントは、額平川の渡渉対策である。これから沢登りに精を出すのであれば沢靴や渓流シューズに投資してもよいが、おそらくは今回限りになるのでもったいない。それと長い林道歩きを考慮すると普段履きなれた運動靴の方が楽そうだ、と言うことで履物は投資額ゼロの運動靴に決定、我ながらミミッチイ靴選びになった。

 羽田から1時間半ほどで帯広とかち空港に到着。ここでレンタカーを借りて額平川の登山口へと直行する。途中のコンビニで食料を仕入れるつもりだったが、国道沿いには店らしきものが見当たらない。土産物屋があったが、地域特産品以外は飲み物しかない。取りあえず飲み物だけは確保し、先を急ぐ。最悪のケース、非常食のカロリーメイトだけの食事を覚悟し始めた頃、ようやく日高町でコンビニを見つけた。後にも先にもこの一軒だけ。ここで食料品を買い込み、今晩と明日の行動食は何とかクリアすることが出来た。平取町岩知志から日高山脈へ向かうが、ここからがまた長い。鹿や北狐がウロウロしているダートの林道を延々と走り続け、午後7時、ようやく一般の車乗り入れの最終地点に到着した。広い駐車スペースに先客はいない。ビール片手に帯広名物、豚丼のお弁当を食べ、すぐに横になった。慣れない上に小さな車の運転席はリクライニングしても寝心地は最悪、体位を変えながら浅い眠りで悶々として過ごす。夜半から冷え込んできたため、エンジンをかけてヒーターを入れたり切ったりで忙しい。結局熟睡できぬまま、午前2時に起きて出発準備を開始した。前日は未明のワールドカップ、日本、デンマーク戦を観戦したので二日続きで寝不足になってしまった。体調は十分ではないが、準備してきた運動靴を履いて3時きっかりに車を後にする。


広い駐車場には自分の車だけ



駐車場脇の林道仮ゲート、ここが起点となる



 長い林道を1時間半ほど歩いて北電取水設備に到着、ここからが核心だ。カメラをジブロックに仕舞って渡渉に備える。しばらく右岸を行くが、まもなく一回目の渡渉地点に着く。潔く流れに足を入れたが、何と言う冷たさであろうか。水量も多い。一回目は膝レベルだったのでほっとしたが、それもつかの間、2回目はいきなり腰まで流れに浸かってしまった。やはり今が雪解けのピークかも知れない。3回目以降も太腿から腰の水位であったが、幸い水流の圧力はそれ程でもないので耐えられる。川底にはミズゴケに覆われた石があって、運動靴では滑って歩けない。すり足でこうしたミズゴケを避けながら進む。赤のマーキングや布は参考にするが、あまり当てにはならない。対岸にマーキングがあるので苦労して渡渉したら何のことは無い、もと居た岸のへつりにはしっかり鎖がかかっていたりする。一箇所大きな雪渓を越えるところでは、かなり緊張した。対岸に行けば楽に河原に下りることが出来そうだが、スノーブリッジが薄くなっていてとても渡れない。仕方がないので半ば崩れ落ちそうになっている壁の木の枝を伝わって河原に下りた。これで体中泥だらけになってしまった。もっともすぐに洗濯機のなかに入るので気にする必要はないが。何回渡渉したかわからなくなる頃、左岸に幌尻山荘が見えてきた。



見た目よりも深い渡渉にまごつく



 最後の渡渉を終えて山荘に到着。ここで登山靴に履き替える。運動靴を脱ぐが、冷たい水に浸かっていた足は全く感覚がない。厚手のソックスを履いてしばらくするとようやく感覚が戻ってきた。脱いだ運動靴は小屋の床下にデポさせてもらう。ここからまだ1100mの高度差が待っているのでゆっくりしてはいられない。早速歩きめると、いきなりの急登である。冷えきっていた体からすぐに汗が噴出してくる。白樺林の中を登り続けていくと右手に稜線が見えてきた。さらに登っていくと細い尾根筋に出て今度は左手方向に形の整った戸蔦別岳が展望できる。命ノ水の水場は雪渓の下、素通りして一段と勾配を増した登山道を進む。やがて痩せた尾根のピークに出た。ここから雪に覆われた北カールの全貌とその奥に幌尻岳が見える。アイヌ語でポロシリは大きな山と言うだけあって実にどっしりした山容である。尾根道には、枯れたはい松の幹が累々と屍のように続いているのが印象的だ。高山植物群生のオンパレードでもある。所々雪渓歩きをしながらカールを半周して、ようやく幌尻岳頂上に立った。時刻は9時半、出発してから靴の履き替え以外、殆どノンストップで6時間半歩き通したことになる。流石に疲れてここでしばらく休憩する。



白樺林の急登


戸蔦別岳が見えた




はい松の稜線




北カールと戸蔦別岳





幌尻岳頂上を独り占め


 昼食のパンを齧るがあまり食欲がない。睡眠不足に加えて疲労が相当溜まっているようだ。周囲を眺めれば、申し分のない天気の下で素晴らしい景観である。なんと言っても本州の山と違って人工物が一切目に入らないのは手つかずの大自然が保たれた北海道の山らしい。眼下に見える幌尻湖も太古の静けさをたたえている。ゆっくりしていたいが、帰路も長いのであまり長居をしているわけにはいかない。感謝をこめる意味で、声に出して「素晴らしい景色と沢山の花を有難う」と山に礼を言い、頂上を後にした。再びカールを歩くが、下りは余裕があるので途中咲き乱れる花々にカメラを向ける。



お花畑が見事



 命ノ水を過ぎてしばらく樹林帯の急坂を降りていくと、本日始めて登山者と行き会った。単独の若い男性で、聞けば渡渉ではだいぶ苦労したらしい。頂上まであまり時間がかかるようなら引き返すつもりとのこと。同氏と別れてさらに下り続け、幌尻山荘へ帰着した。



無人の幌尻山荘(山開きは7月に入ってから)



雪解けで増水した川



このスタイルで渡渉



 濡れた運動靴に履き替えるのは気色が悪いが、それもどうせ最初だけ。まず小屋の前を渡渉するが、どうも水の抵抗が先ほどとは違う。明らかに水量が増えているようだ。気温の上昇に伴い融雪が急速に進んでいるらしい。この先の渡渉では胸近くまで水が来てしまった。基本通り体を支えるストックを川上側に突いてバランスを取りながら進むが、時々ストックが深みにはまって水のなかに潜ってしまう。流れが急になるとストックがびりびりと震えて出す。まるで釣竿の感触だ。やがて往路で苦労した雪渓に差し掛かった。朝あったスノーブリッジは崩れ落ちて跡形もない。さてどう越えたものかと迷っていると、折りも折り、その雪渓から登山者二人が降り立った。若い男女のパーティだ。男性の方から例年より水量が多いし、運動靴では滑って危ない、気をつけるようにとのアドバイスを頂く。(帰宅後ネットで調べたら北海道のさる著名プロガイドの方だった。上から目線、さもありなん)参考にさせてもらったポイントから雪渓を攀じ登って先を急ぐ。水量はますます増えてきたが、幸い水温は朝よりだいぶ温くなっているので助かる。必死に足を踏ん張るが、水流に抗することができない渡渉もあって、2度ほど流されて首まで水に浸かってしまった。右岸に付いた巻き道を辿るようになると林道はもうすぐだ。ようやく取水施設に到着、体はびしょ濡れだがせめてソックスだけは絞って長い林道歩きに備える。暑い日差しのなかを歩き続け、歩き始めてから丁度12時間、午後3時ぴったりに駐車場に帰着した。

 帰宅後調べたところ、やはり融雪による水量変化は相当大きなものらしい。若かりし頃、北アルプスの双六谷や南アルプスの小渋川を遡行した際、大雨で大変な目にあったことは生々しく記憶しているが、晴天の状況下でも、融雪によって沢の水位は変化するという事実を今回身をもって体験させられた。幌尻岳は、手付かずの自然が残された素晴らしい山であったが、もう一度登るかと聞かれれば、平ヶ岳同様、やはりノーサンキューだと思う。


行動時間             12時間
実歩行時間         11時間15分
歩行距離       33.5Km(トラックレコードはGPS電池切れしたので推定値)
参考コースタイム 16時間30分

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