2019年4月20日(土)
英国では90歳になっても、せっせとボディビルに励んでいるムキムキ爺さんがいるらしい。本人曰くビーチで70歳の「女の子」を振り向かせる美ボディをつくるのが目標だそう。メンタルの回春に筋トレが有効ということだろうか。或いはその逆かも知れない。
私にとっての山も似たようなものだ。一歩一歩高みを目指す筋肉酷使の山歩き。汗をかいた分だけ若返りを実感できる。但し私の場合、振り向いてもらいたいのは「艶美なお山」の方。
剣岳や槍ヶ岳に代表される、ごつごつとした男性的な峰々も素晴らしいが、対照的にふっくらした女性的なシルエットを持つ山は眺めているだけで心が癒される。利根源流域の最高峰、平ヶ岳もそのうちの一つ。残念ながら長大なアプローチゆえにその頂を踏む機会は滅多にない。
そんな平ヶ岳に尾瀬から日帰りしようとKさんからお誘いがあった。遥かな尾瀬の更に遥か彼方にある平ヶ岳に本当に日帰りできるのだろうかと訝しく思い、過去の記録や地図を眺めると、垂直より水平移動が主なので古希を迎えた私でも何とか行けそうな気がしてきた。かくしてまたもや、Kさんの「老人虐待企画」にまんまと乗せられてしまったのだった。
うまい話しだけでなく車にも乗せてくれるKさん、例によって彼の車に便乗させてもらい、開通したばかりの鳩待峠へと向かった。峠に着くと、深夜にも関わらず、除雪スペースは既に多くの車で埋め尽くされていた。
暗闇の中、慎重に
早速出発準備をし、午前3時10分、鳩町峠を後にした。他に人の気配は無い。車中泊の皆さんはまだ夢の中のようだ。ヘッデンの明かりを頼りにカリカリの坂道をボーゲンや横滑りで慎重に下っていく。実は行程中、一番ハイリスクと考えていたのが、この鳩町峠からの暗闇滑降。転倒して立ち木に激突でもすれば、スタート時点で本日のツアーは終わってしまう。半面、堅い雪面が幸いし、手漕ぎで楽々のスケーティング。予想よりもスムーズに山の鼻に着くことが出来た。
柳平を行くKさん
山の鼻からは猫又川を遡行する。この地域一帯への立ち入りが許されるのは残雪期のこの時期しかない。熊との不意な遭遇を警戒して時々ホイッスルを吹き鳴らしながら進む。ちなみに足元の板はステップソール。多少の起伏はものともしないので機動性抜群だ。
沢は割れているがスノーブリッジは沢山ある
柳平を過ぎるとそろそろ右俣との分岐。ここからは左俣へと歩を進める。進むほどに沢幅は次第に狭まってきた。地図を眺める限り、大白沢山の先にあるジャンクション・ピーク(以降JP)へのルートはどうとでも取れる。
ススヶ峰経由とするのがその一案。但し100mの余計な登高が必要となるし、それを避けてピークを巻くのも大変そう。また、左俣を詰める手もあるが、沢割れや雪崩のリスクがあるので運次第。確実を期すなら避けた方が賢明だろう。
結局、猫又川左俣、右俣の間にある小尾根に取り付き、大白沢山の直下の台地に出て、トラバース気味にJPへと登り上げるという無難なルート取りに落ち着いた。実際この尾根に取りつくと、以前のスキートレースが一本刻まれていた。やはり誰しも考えることは同じなのかも。
雪面はまだ朝の冷え込みでクラスト気味。シールに加えクトーを装着してハイクアップする。雪面には大小の動物の足跡が残されている。その中でも異様に大きく、生々しく爪痕の残されていた足跡があった。かなり大きな熊に違いない。思わず周囲を窺い、ホイッスルを力一杯吹いてしまうのだった。
ここで右手の尾根に乗った
小尾根に登る私
尾根を行くKさん 左は至仏山から続く稜線
朝日を浴びる至仏山をバックに
同上
熊の足跡
大白沢山が見えてきた
至仏山と岳ヶ倉山を背にする私
大白沢山
JPへ大トラバース開始
大白沢山の断崖を見ながら左手へ
JPに到着
7時30分、JPに到着。ここで漸く本日の目的地、平ヶ山の姿を拝むことが出来た。これでアドレナリン全開。私のやる気スイッチは全てオンとなった。小休止したら早速滑降の準備。まだ堅い雪面を慎重に滑り、1920mのピークを巻き、白沢山との鞍部へと滑り込んだ。Kさんのルート取りには全く無駄が無い。
平ヶ岳が見えた!、、、が、果てしなく遠い
JPから白沢山鞍部へ向けて滑走
かなりカリカリなので慎重に滑走する私
同Kさん
同私
ここで本日二度目のシールオン。白沢山へと登り上げて再びシールオフと忙しい。愈々平ヶ岳が目前に迫ってきた。ウロコ板の限界まで進み、斜度がきつくなったところで本日三度目のシールオン。
なかなか近づいてこない山頂だが、、、
同上
いつのまにか指呼の距離に
ついにロックオン
同上
巻機山初め上越の峰々
既に6時間以上歩き続け、足には乳酸が溜まり始めているが頂上は目前。無心で足を前に出していると突如山のピークとは思えない程、広い雪原が目の前に広がった。時刻は10時30分。鳩待峠出発から7時間20分。ミニチュアサイズとなった至仏山など、遥かな尾瀬の山々を振り返り、達成感がジワジワと湧き上がる。Kさんも念願の頂に立てて嬉しそうだ。
山頂ゲット!
越後三山
南会津の山々 左手の山は飯豊だろうか
燧ケ岳は雪が少ない
遮るものの無い山頂で暫し大パノラマを満喫。行動食でカロリー補給も終えたら、そろそろ帰路に就く。スキーを滑降モードにし、山頂からドロップイン。雪面はほどよく緩んだ申し分ない極上ザラメ。見る見る平ヶ岳が遠ざかる。ものの15分程で白沢山への鞍部まで滑り降りてきた。
山頂からドロップしたKさん
果敢に攻めるKさん
同上
バックは燧ケ岳
滑降する私
同上
同上
ここで本日四度目のシールオン。白沢山山頂近くでカンジキの二人組に出会った。大荷物を背負った彼等は平ヶ岳往復後、JPで幕営するそうだ。白沢山からスキー滑降。あっという間にJPとの鞍部へと下った。ここで五度目のシールオン。気温上昇と共に緩んだ雪から水分を吸収したシールが重くなっており、疲れた足に堪える。
動物が際どいところを歩いている
登り返しは堪える
もうひと頑張りでJP
猫又川左俣まで滑り降りたところで本日の滑降は終了。後はひたすらクロカンだ。この辺りで単独の女性とすれ違った。連休登山の下見らしいが、足元はツボ足。大荷物を背に延々と緩んだ雪面をラッセルし、また柳平で熊を目撃したというのに平然としている女傑だった。
山スキーでは山頂までいくら難儀しても下山はお楽しみタイム。一気呵成に滑り降りて終了、というのが良くあるパターン。しかし平ヶ岳の場合はそうはいかない。復路でまた幾つもあるピークを越えていかねばならないのだ。
やっと山を下りても、午後の強い日差しに大汗をかきながらグサグサになった尾瀬沼の延々と続くクロカン。最後は、長い平地歩きで悪化した踵の靴擦れと、水分過多で機能不全に陥ったシールに泣かされながら、鳩待峠への標高差200mの登りで止めを刺された。
柳平でクロカン
スノーブリッジを渡る私
午後4時30分、暑さと疲労でヘロヘロになって鳩町峠に帰着した。200%完全燃焼。疲労度に比例する達成感も半端ない。これからも懲りずに虐待系企画に応えてしまいそう、、、だが、平ヶ岳の二度目は無いかも。
行動時間 13時間20分
Gear Voile V6BC153cm / Scarpa F1Tr
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