聖岳  静岡・長野県 3013m   百名山
   

  

20091031

 念願の聖岳の頂をやっと踏むことができた。35年以上も前に小渋川から赤石岳、聖岳への縦走にチャレンジしたが、そのときは大雨で撤退を余儀なくされてしまった。小渋川は、通常でも腰まで浸かる渡渉を繰り返す沢、それが大きな石がごつごつと音を立てて流されるほど増水したため、縦走どころではなくなってしまったのだ。水が迫る対岸に取り残された関西からの二人組を仲間と一緒に必死の思いでレスキューしたことは、今も生々しく記憶に残っている。今回のリベンジは山頂への最短距離である便ヶ島から日帰りしようというものだ。

 便ヶ島は高速を降りてからのアプローチが長いので都内からは相当に時間がかかる。夕食後軽く仮眠をとり、午前零時半分に自宅を出発した。中央高速をひた走り松山ICから一般道へ。暗闇のなか車一台分しか通過できない山道を延々と走る。狸を何匹も見かける。なかには直前を横切るヤツがいて、あやうく轢きそうになりヒヤリとする。国道125号線に入り上村を過ぎたところで聖岳、光岳方面との案内を見かけたので左折する。細く長い林道をいやというほど走らされ少し夜が白み始めた5時半に便ヶ島に到着した。シラビソ高原へのルートだったので若干回り道をしたようだ。広い駐車場には2台の軽自動車がぽつんと置かれているのみ。人の気配はないので既に山に向かっているのだろう。今回は静かな山旅となりそうだ。

 明日から11月、日照時間が日に日に短くなっているので、ぐずぐずしている余裕はない。手早く身支度を整えて550分に車を後にした。すぐにトンネルが現れ、そこを抜けると遊歩道になる。うす暗がりのなかでも木々の葉がすっかり紅葉している様子は感じられる。帰路が楽しみだ。2頭の日本カモシカがいきなり遊歩道に飛び出てきたのでたまげる。図体の大きな動物なのに俊敏な動きで急な斜面を駆け下りあっという間に姿を消してしまった。半時間ほど歩いて渡河用のゴンドラ乗り場に着いた。沢の流れはたいしたことが無いようなので河原に下りて石伝いに対岸へ飛び移ろうとするが、ステップは微妙に距離がある。また水に濡れた石が滑りそうで踏みきれない。思わず先日の鳳凰三山での打撲傷が頭を過ぎる。何箇所か河岸を変えてみたが、結局渡渉は諦めてゴンドラのロープを引く羽目になった。横着したせいで朝の貴重な10分を無駄にしてしまった。ゴンドラはたいそう頑丈な作りで対岸近くなったところで引くロープの重いこと、今日の行程で一番息が切れたかも知れない。


 対岸をわずかに登ったところに営林署の廃屋があった。中を覗くザックがデポしてある。こんな薄気味悪いところに寝泊りする物好きもいるらしい。廃屋を過ぎてからすぐに傾斜のきつい登り道となるが、所謂胸を突く急登ではない。道は痩せ尾根上に適度な斜度を保ってジグザク状につけられている。沢音を背に広葉樹の落ち葉を踏んでどんどん高度を上げていく。高度1200mの表示を過ぎて沢音が遠のいた頃、いつの間にか植生がシラビソに変わってくる。倒木が多く、その多くに苔がびっしりと付いている。木々の間からは聖岳や兎岳と思しき山容が垣間見えるようになってきた。しばらくして今度は右手に茶臼岳方面が望めるようになってくる。

 薊平には935分に到着。ここでコンビニのお握りを食べて稜線の登りに備えた。ここにある案内板には聖岳まで130分と記してあったので、7掛けの90分を目標に歩き始めた。小聖岳から見る聖岳はどっしりした風格のある山でまさしく「聖」の名に相応しい。痩せ尾根を過ぎて最後の急登にかかる。これまでの登りで相当足にきているのと、おそらく高度のせいで思うようにペースが上がらない。90分の目標は早々にギブアップする。この辺りで本日始めて登山者と行き交った。若い単独男性が2名。なかなか近寄らない頂上を恨めしくちらちら見上げつつ重い足を一歩一歩引き上げて、1135分にようやく念願の聖岳頂上に立った。





薊平から聖岳方面を望む



小聖岳から聖岳


赤石岳をバックに



富士山が浮いている



 結局薊平からCT通り120分かかってしまった。登山口からは休憩時間を含めて5時間45分を要したことになる。天気は期待以上でうすく霞みがかかっているものの、近くは赤石岳や兎岳、はるか北方に特徴ある甲斐駒ヶ岳の遠景を望むことができる。雪をかぶった富士山の方向には黒々とした山並みが見える。笊ヶ岳であろうか。奥聖岳はすぐ近くに見えるが、往復に小一時間はかかりそうである。今日の長い行程を考えると無理はできないのでパスすることにした。聖の頂上で20分ほど展望を楽しんだ後、下山にかかる。往路をそのまま辿るので新発見は無い、ひたすら耐えるのみだ。朝方の霞がやや薄らいで山並みがくっきり見えてきたのがせめてもの救いか。



山頂からの下り路



 薊平へは1時間で帰着、ここからはノンストップで西渡戸まで下るつもりで最後の休憩をとって山々にも別れを告げた。再びシラビソの森を下り始める。往路ではもっぱら下を向いていたので周囲の様子に注意が向かなかったが、苔むした木々の幻想的な景観はなかなかのものだ。森に充満するフィトンチッドを実感する。針葉樹が徐々に広葉樹に変化してくると、登山道は落ち葉で作られたカラフルな絨毯になる。時折、敷き詰められた落ち葉で登山道を見失ってしまい、引き返すこともあった。やっとのことで沢音が彼方に聞こえ出してきた。勝手なもので登りでは早く沢音に遠ざかって欲しいと念じ、下りはその逆だ。高度が下がるにつれて見事な紅葉がそこかしこに見られるようになってきた。陽光を浴びて黄金色に輝く木々のなかに真紅のもみじが映え、足元は赤と黄のパッチワーク、その美しさは私ごときの貧弱な筆力ではとても表現できない。見事な紅葉で気を紛らわせて辛い単調な下りに耐えて歩き続ける。






 午後3時にようやく西渡戸に帰りついた。今度は迷うことなくゴンドラを引いた。対岸の遊歩道を飛ばして便ヶ島には3時半きっかりに帰着した。今回の山歩きで出会った登山者は合計5人、いずれも単独の男性であった。最後は、西渡戸から間もないところですれ違った若者。彼から「先はまだまだですか」と聞かれたので「まだまだです」と応える。おそらく日暮れ前には薊平に行き着けなかったろうが、意味不明の質問といい何ともマイペースな人も居るものだ。秋の夕暮れは早い。次第に陽が翳ってきた。せかされるように着替えを手早く済ませて帰途についた。長い林道の両脇を飾る紅葉を楽しみつつ国道152号へ出る。まだまだ奥深い山を感じさせる一般道を松川ICへ向けて進むが、再び道幅が車一台分しかない山道で意外に時間がかかる。カーナビは距離最短でルート選択したようだ。ちょっと距離は長くなっても飯田IC経由にすべきであった。中央高速に入った後、流石に疲れと眠気で集中力が落ちてきたのでゆっくり車を走らせる。双葉のSAで休憩後、渋滞に巻き込まれるが既に解消に向かいつつある時間帯だったのでそれほど酷くはなかった。自宅に帰りついたのは午後9時半。山歩きに10時間、ハンドルを握っていたのが11時間ということで充実してはいたが、実に長〜い一日であった。

行動時間      9時間40
実歩行時間     8時間55
昭文社コースタイム 12時間55 

  

        トップ


 山歩き

inserted by FC2 system