白馬鑓ヶ岳BC  長野・富山県 2903m       
   

2016年4月30日(土)

 一度はトライしてみたかった猿倉を起点に白馬大雪渓から清水谷、そして白馬鑓ヶ岳への日帰り周回。20㎞を越える長丁場に加え、単純獲得標高2300mというタフなコースなので、私一人ではとても無理と二の足を踏んでいた。そんな折、山スキーの師匠、群馬のKさんからお誘いがあった。渡りに船と、二つ返事で同行をお願いしたのは言うまでもない。Kさんは過去同じコースを2度経験した強者なので心強い限り。

 しかし、その結果は予想を超える苦行難行だった。予定のコースは踏破できたものの、同じ頃、北アルプス各地で遭難を引き起こした天候急変と想定外のビンディングトラブルに見舞われ、行動時間16時間40分と私の登山史上最もハードな山歩きになってしまった。

 午前2時に猿倉に集合。前日は夕食後自宅か高速のSAで仮眠を取ろうとしたが叶わず、結局一睡もできないまま本番を迎えた。眠い目を擦りながら出発準備、まだ周囲は闇に閉ざされた2時30分に猿倉を後にした。空を見上げれば眠気も吹き飛ぶような見事な星空だ。それが正午を回ると急変し、風雪の荒れ模様になるとはその時は知る由も無かった。。。

 最初に与えられた難題は長走沢の渡渉。林道上を流れる水量は予想以上に多い。渡渉ポイントを探して流域を観察すると、幸い少し上流の堰堤直下に浅瀬があった。石伝いに対岸に渡り難なくクリア。


       べすべの大雪渓を歩くKさん                荘厳な夜明け


 いよいよ大雪渓の登りにかかると、例年とは随分と様子が違う。縦溝と落石散乱というのがこの時期の定番なのに、そんな無粋なものは見当たらず、しかもすべすべお肌がパウダースノーで薄化粧されているのだ。自然が作った極上ゲレンデ。残念ながら、寄り道している余裕はない。


        デブリも少ない                            



朝日に染まる天狗菱



朝日を背に登行するKさん


 シール&クトーでハイクアップするうちに、いつの間にか雪面からは新雪が消えてアイスバーンが大勢を占めるようになってきた。この先の急登に備えて標高2160m辺りでアイゼンに換装する。


     シール登行するKさん                         葱平が近づいてきた



天狗菱を見上げながら登行する私(Kさん提供)


 第二の難関は、高度を上げるほどに威力を増してきた風。朝方までは西風が強いとの予報を得ていたのである程度覚悟はしていたが、しばしば耐風姿勢を取らねばならなくなると先行きがちょっと心配になる。


       耐風姿勢のKさん                         同左                


 葱平からルートを左側に取り過ぎ、しなくて良いトラバースで遠回りしたものの、出発から何とか7時間で頂上宿舎に着いた。建物の脇で風を避けつつ暫しの大休止。


私は左に行き過ぎた



シール登行する私(Kさん提供)



頂上宿舎までもう一息


 滑降の準備をして稜線に出た途端、凄まじい風の洗礼を浴びる。スキーの板がバタバタとはためき、しっかり押さえていないと風にもっていかれそうだ。清水谷源頭部に滑り込むと風がやや治まってくれたのでほっとする。


滑降準備 空には天候悪化の兆し



稜線は風の通り道 雪は少ない



      旭岳を右に見ながらドロップ                    清水谷の入り口


 雪面は最初だけウインドクラストしていたが、すぐに薄いながらも快適なパウダーになった。Kさんのガイドの下、どんどん沢筋を滑り降りていく。やがて急峻な壁に囲まれ、高度感たっぷりの沢割れに行く手を阻まれた。これが第三の難題。


清水谷核心部へ滑降



どんどん落ちるKさん



どんどん落ちる私(Kさん提供)


 Kさんは迷うことなくトラバースに挑戦。こともなげに右岸にある竦むような急斜面にルート工作してくれた。私も恐る恐る通過するが高度感にビビリまくり。私一人だったら間違いなく先を諦めてすごすご引き返すシチュエーションだ。


この先沢割れ 右岸の茶色部分の上をトラバース



急斜面を必死でトラバースする私 下には滝壺が口を開けている(Kさん提供)


 標高2300mの台地まで滑り降りたところでお楽しみの核心部分は終了。これから鑓ヶ岳山頂まで600mの登り返しのハードワークが待っている。


最下降点の台地が見えてきた



狭いルンゼ地形を滑り降りる私(Kさん提供)



清水谷を振り返る



杓子沢のコルが見える



毛勝岳方面はまだクリア


 10時40分に鑓ヶ岳への登り返し開始。滑降に夢中になっているうちに晴れていた空は一転、どんよりとグレーに変わり雲底も下がりつつある。シール&クトーで登行開始。山頂へと続く尾根の稜線に上がると再び風の猛威に晒された。つい先ほどまでクリアに展望できた白馬の峰々は今やすっかりガスの中、風に交じって雪片が顔に叩きつけられるようになった。


正面の尾根を登り返し



天候はどんどん悪化 白馬岳もガスに飲み込まれそう


 気温と視界は急激に低下。眼鏡がバリバリに凍り付いたので尚更だ。雪交じりの岩稜帯をKさんはシートラで、私は板が風に振られるのを嫌い、シールのままで進む。


白鑓へ向けてシール登行する私(Kさん提供)



     薄く雪のついた尾根を登るKさん                凍てつく鑓ヶ岳山頂(Kさん提供)


 午後1時に鑓ヶ岳山頂に立った。そこはホワイトアウトの風雪地獄だった。強風は間断なく吹き付け、雪礫に目も開けていられない。

 ここで第4の難題。さっそく滑降準備に入るが、どうした訳かTECビンディングの爪先が何度試してもロックしてくれないのだ。結局山頂付近で貴重な1時間近くを費やしてのビンディングとの格闘は徒労に終わった。そうこうしている内にKさんの姿が見えなくなってしまった。

 スキーがダメなら歩いて降りるしかないと腹を決め、アイゼンを装着。夏道方向に向かって降りることにした。全く視界が利かないなかで様子の分からないカチンコチンの急斜面を降りるのは勇気がいるものだ。もし4日前にこの鑓沢周辺を歩いていなければ、例えGPSがあっても二の足を踏んだだろう。前回極上ザラメで歓迎してくれた同じ斜面が、今や完全に氷結して牙をむいているのだから山は恐ろしい。

 稜線付近で何度か強風に突き転がされしまったことから、もう四つん這いで行くしかないとWウイペットとアイゼンの前歯を駆使し、急斜面をバックステップで下って行く。少し高度が下がっても風は相変わらず容赦がない。凍結した眼鏡を外してしまったため、裸眼に雪片が飛び込み痛くて目を開けていられない。

 しばらく下ったところで上の方からスキーの滑走音が聞こえたので大声で呼びかけた。何度か声ナビを繰り返してKさんに再会。一時はどうなることかと思ったが、お互いの無事を確認できて本当に良かった。心底ホッとした。

 標高が下がるとアイスから一転し新雪の足首ラッセルとなった。標高2600mで再度ビンディングを試してみたが、何度試してもやはりロックできない。山頂とここで合わせて貴重な1時間半をロスしてしまったことになる。諦めてつぼ足のまま、鑓温泉まで下り続けた。


   鑓沢を下りラッセルする私(Kさん提供)               救いの鑓温泉(Kさん提供)


 以前の経験からビンディングが氷結している可能性があるので、板ごと湯につけてみたところ見事復活!人だけではなく物に対しても湯治効果があるとは!?。それにしても命を託す道具なのにビンディングもビンディング。構造や材質上、氷結の影響を抑える工夫は無いのだろうかと思う。

 ともあれ、これで何とか日没前に帰り着けそうだ。スキーで下山できるようになったは良いが、酷使した足の方が瀕死の状態で休み休みでないと先へ進めない。湯ノ入沢からはトドメの200mの登り。残る力を振り絞って小日向のコルに登り上げ、時計を見ると午後6時前。日没との時間の競争だ。


湯ノ入沢源頭へ滑降するヘロヘロの私(Kさん提供)


 4日前と同様、夏道沿いに滑降し、最後は追い打ちをかけるような無情の雨の中、林道を歩いて猿倉荘に帰着。辺りが殆ど暗闇に沈んだ7時だった。

 今回はそれでなくとも大変な長丁場に加え、急な天候の悪化や道具のトラブルとイベント盛り沢山。前期高齢者の私にとっては体力の限界を試されるハードな山行になった。それでも一夜明けるとなかなか得難い貴重な体験をしたようにポジティブに思えてくるのは不思議。能天気に次の計画を考えたりして「馬鹿は死ななきゃ治らない」を地で行く自分に呆れるばかり。。。


行動時間  16時間40分


後記 

 今回の顛末から学んだことの第一は、GW時期のアルプスは状況次第で厳冬期に逆戻りすること。Kさんも今回顔に軽い凍傷を負ってしまったとか。ウェアやゴーグル等の真冬の装備は必携だ。第二は天候判断の甘さ。白馬岳頂上宿舎に登り上げた段階で、明らかな天候変化の兆しがあったにも関わらず、天候悪化は夕方という予報を妄信し、引き返す判断を怠ったこと。第三は道具への対応。DynafitのTECビンディングの氷結トラブルは実はこれで2回目。春山でもテルモスを持参しておくべきだった。自分のお小水と言う手もあるかも知れないが、立っているのもやっとの強風の中ではちょっとね。。。

追記

 Kさんのお仲間Yさんからの貴重なご助言。解氷にはアルコールが最適とか。確かに調べると、アルコールには氷の分子に入り込んで氷点を下げる(=解凍)効果があるらしい。フロントガラスの解氷スプレーの主成分にもなっている。今後はツエルトや医薬品等、いつも持ち歩いている非常用キットの中に純度の高い無水アルコールも追加するつもり。

 4月30日には北アルプスで14人もの遭難事故があったとか。とても他人事とは思えません。全員が無事救出されることを心よりお祈りします。



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