烏帽子岳  長野・富山県 2628m      二百名山
 

201284

 カムエクで負った頭の傷は抜糸(ホッチキス状の針を抜くので「抜鉤」バッコウと言うらしい)も終えて無事完治。まだ体のアチコチに打撲による色鮮やかな痣が残っているにも関わらず、またハードな山歩きがしたくなった。能天気というか全く懲りない奴と我ながら思う。

 地図を眺めながらの悩ましくも楽しいプランニング。結局、以前から温めていた北アルプスの七倉ダムから烏帽子岳の周回コースに日帰りでチャレンジすることにした。ブナ立て尾根、烏帽子岳、南沢岳、不動岳、船窪岳と縦走し、船窪新道から七倉へ下山するというもの。山と高原地図の標準
CTによれば19時間5分。あと2日で63歳になろうとするジジイが、これだけのロングコースに耐えられるだろうか。もし烏帽子岳までの所要時間が5時間を超えるようなら、潔く諦めて引き返そうとルールを決めた。

 例によって深夜に自宅を発ち夜が白々と明け始めた頃、七倉ダムに到着。決して狭くない駐車場はほぼ満車状態だ。私の後からも車が続々と来ている。手早く身支度を整えて
440分に歩きだした。

 ゲートの先はすぐトンネルになる。中は涼しいのを通り越して寒いくらい。途中で大荷物を背負った単独を追い抜く。高瀬ダムはロックフィル式のダムなので大きな石を累々と積み上げて水を塞き止めている。この石伝いに直登すればショートカットが出来るが、岩場へは立ち入らないよう注意書きがあった。ここは素直に従い、ジグザグに付けられた道を登ってダム上部へ出た。左に行けば湯股温泉。ここを右手方向へ進む。再びトンネルを抜けると至るところで砂防工事が行われていた。


       トンネルを抜けると満月が待っていた                         高瀬ダムの石積



          ダム上部、湯股温泉との分岐                       満々と水を湛えた高瀬ダム


 長い吊り橋を渡ってしばらく濁沢の河原を行くと、裏銀座登山口の標識があった。ここからいよいよブナ立て尾根が始まる。北アルプス
3大急登の一つというが、総じて適度な斜度を保ちつつジグを切っているので、南アルプス南部のような情け容赦の無い急坂と比べれば楽なものだ。しかし暑さには参った。額から止めどもなく汗が滴り落ちる。ブナ立てというぐらいでブナの巨木の間を縫ってどんどん高度を上げていく。


             吊り橋の下に水は無い                          ブナ立て尾根入口


 
このところ天気に恵まれない山歩きが多かったが、今日は文句のつけようのない快晴だ。高度が上がるにつれ、右手に縦走予定の南沢岳から不動岳にかけての大崩壊が見えてきた。稜線が近くなると次から次に下山して来るパーティと行き合うようになった。何故がその多くが元気溌剌のオバサン達だ。


           気持ちの良いブナ林を登る                       南沢岳のザレが見えてきた


 ブナ立て尾根のマイルストーンとなっているダケカンバの巨木を過ぎると烏帽子小屋まではひと頑張り。稜線に飛び出すと三ツ岳をバックに小ぢんまりした烏帽子小屋があった。今日は長丁場だからと、小屋には寄らずに烏帽子岳へ直行した。しかし、後で烏帽子小屋で水を調達しておけば良かったと激しく後悔することになる。。。


            ダケカンバの巨木                          小ぢんまりして地味な烏帽子小屋


 稜線を歩いているハイカーの多くは手ぶら。どうやら烏帽子小屋からのピストンらしい。前烏帽子に登ると目の前にオベリスクを頂く烏帽子岳が見えた。成程、名の由来通り、平安時代以来の被り物そのものの格好をしている。背後にどっしり控えているのは南沢岳、さらにその奥は立山連峰だ。


烏帽子岳と南沢岳、その間にあるのは立山


 山頂は稜線から少し離れている。分岐点から山頂へと向かう。山頂のオベリスクの岩場、滑落はこりごりなので鎖伝いに慎重に登る。頂きの最高点は尖った岩だ。とてもその上には立てるような場所ではない。すぐその手前の岩に跨って登頂したことに。


           ここからオベリスクを登る                            高度感も結構ある



                山頂標識                              この岩がピーク最高点



三ツ岳(野口五郎岳は隠れて見えない)



南沢岳と不動岳の間に針ノ木岳



赤牛岳、右奥は薬師岳


 時計を見ると七倉からの所要時間は
4時間30分だった。目標の5時間を切ることが出来たので予定通り周回計画をGoすることに決めた。たまたま山頂で一緒になった同年輩のベテラン単独氏にそう告げると一言ぼそり「一日で帰りつけるのかな」。ちょっと不安になったが、後でその言葉の重みを痛いほど感じることになるのだった。。。

 再び分岐点まで戻ってから南沢岳に向けて稜線を歩き出す。一旦
150mほど下って、また同じだけ登り返す。四十八池やお花畑などを楽しみながらの稜線歩き。南沢岳は広々した頂きだ。


            縦走路へと戻り                                南沢岳へと向かう



            一つでも四十八池                              広々した南沢岳山頂



針ノ木岳を背景にした不動岳


 次の不動岳へは
200m下っての登り返し。Vの字型に鋭角的に切れ込んでいるので、急下降から一転して今度は急登となる。さらにいやらしいことに、次第にこの振れ幅が大きくなるのだ。南沢岳への登りは150m、不動岳が200m、七倉岳は300mときつい登り返しが待っているのだ。

 このコースのもう一つの特徴は、長野県側不動沢流域の目を覆うばかりの著しい崩壊。冬期の雪崩や凍結融解の繰り返しが関係しているのだろうか、花崗岩の風化が極限まで進んでいるらしい。山肌は広範囲に白くザレている。侵食は稜線の登山道にまで及んでおり、崩落により通行止めになっている箇所が幾つもあった。但しこうしたところは迂回路が切り開かれているし、急なザレ場など危険箇所には鎖やロープがあるので慎重に通過すれば問題無い。


          不動岳山腹の崩壊                         不動沢流域はどこも崩壊が進んでいる



         七倉岳まで5時間とあり、ゲンナリ                           縦走路は続く             


 烏帽子岳を発ってからハイカーに出会うことは無かったが、ここで初めて団体さんと行合った。船窪小屋からとのことだ。不動岳を過ぎると常に背後から照りつける太陽にジリジリと焼かれるようになった。時計回りに歩いて北から東へと進むので常に太陽を背負っていることになる。特に船窪乗越から七倉岳へ向けての登りがきつかった。午後の強い日差しを浴びて体中汗まみれ。飲み水は底をつき喉はカラカラで、もはや熱射病寸前。間近に迫った針ノ木岳や蓮華岳の展望を楽しむ余裕もあらばこそ、沢から吹き上げて来る涼風だけが何にも増して有難い。


振り返ると槍ヶ岳の姿があった



          船窪第二ピークへと向かう                          ここも崩壊が著しい



            船窪第二ピーク                          船窪岳はまだウンザリするほど遠い



            急なザレ場にかかる鎖                      ザレ場のトラバースにもロープ



       今にも崩落しそうな船窪岳山頂標識                        針ノ木沢への分岐点


 テント場に着いたが、往復40分かかる水場に往復する気力も時間も無し。先を急ぐ。ヨレヨレになってようやく船窪小屋に着いた。時刻は既に
4時近い。もう11時間歩き続けているので足は2本の棒と化している。小屋のスタッフは気持ちよく応対してくれるし、登山客の皆さんはとてもフレンドリー。つい歓待に甘えてしまおうかと一瞬弱気の虫が頭をもたげたが、無理やり抑え込んで今日下山しますのでと告げた。水を500mlのペットボトル3本購入。ボトル2本の水がものの10秒で喉の奥に消えた。

 水を補給できたので一安心。
もう4時を回っているし下山を急ごう。日が陰り気温が低下してくるとヨレヨレだった足が蘇ってきたから不思議だ。高瀬ダムを下に見ながらの下り。天狗の庭からはハシゴの連続でダブルストックが邪魔だ。休まずにどんどん下る。高度が下がるにつれ蒸し暑くなってきた。最後のペットボトルを飲み干し、七倉沢へ向かって一気に下降する。迫り来る夕闇との競争だ。


             高瀬ダムが見える                           天狗の庭、もう少し薄暗い


 18時50分、何とか明るい内に駐車場へと帰り着くことが出来た
。本日の行動時間、14時間10分は私にとっての新記録だ。烏帽子岳山頂と船窪小屋の大休止以外は、給水のため立ち止まった程度、あとはひたすら歩き続けた。累積高度差は約2600m。我ながら老体を押してよく頑張った。歩いている最中はもう二度とこんな馬鹿げた山歩きはしないと固く誓っていたのに、終わってみれば完全燃焼の不思議な高揚感に包まれている。これも一種のランナーズハイなのだろうか。

 着替えをしてすぐに車を出す。遅い時間となったため、小仏渋滞にも巻き込まれず高速はスムーズ。日付が変わる前に何とか無事帰宅できた。車の運転も含めるとほぼ
24時間の行動で流石に疲れ果てた。食事も摂らずにバッタンキューして長い一日を終えたのでした。


行動時間 14時間10
歩行時間 13時間40


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