2899m、2715m 長野・山梨県 | |
2018年8月27日(月) 八ヶ岳というと今は亡き新宿発23時55分の夜行列車を懐かしく思い起こしてしまう。その昔、毎週のように通った八ヶ岳。毎度この山岳夜行のお世話になった。週末は登山客で超満員、運良く座れても硬い座席で寝心地は最悪。殆ど一睡も出来ないまま、小淵沢で小海線一番列車へ乗り継ぎ、清里から赤岳、権現岳へと縦走し、再び鈍行で帰宅なんてこともあった。 先日、阿弥陀岳南稜から目の前に連なるキレットを眺めていて、ふとそんな古い記憶が蘇ってきた。という訳で凡そ50年ぶりに同じコースを、今度は逆方向から歩いてみることにした。 とうの昔に廃止された夜行列車の代わりに使うのは、車と自転車だ。真教寺尾根登山口の美し森ロッジに車をデポ。午前4時40分、自転車に跨り暗闇に包まれた八ヶ岳高原ラインを天女山へと向かう。天女山入口までは緩やかな下り坂だが、登山口の駐車場までは一転して約150mのヒルクライムとなる。暖機運転のつもりが、思いの他斜度がきつくのっけから大汗をかいてしまった。
5時15分、ハンドルをトレッキングポールに持ち替え、ハイクアップ開始。天気は文句なしの快晴だが、裏腹に体調は十分とは言い難い。上がるのは息ばかりで脚は中々上がってくれない。そんな情けない私だが、後ろから南アルプスの峰々や富士山が後押ししてくれるのが励みだ。
出発から3時間で三つ頭に到着。ここは紛れも無く南八ヶ岳展望の好適地。権現岳はもとより赤岳や阿弥陀岳が勢揃いして出迎えてくれた。三つ頭まで来れば権現岳まではもう一息。動かない脚を叱咤しながら歩き続け、9時10分、権現岳の頂に立った。昨年同時期同ルートの記録より45分も余計にかかっている。急ぐ旅ではないものの、今日の体調でこの先の長丁場に耐えられるのかちょっと心配になった。
権現岳からギボシへの分岐を横目に狭い稜線を進むと本日のハイライト、源治ハシゴが登場。遥か下へ下へと延びるこのハシゴ、身を乗り出して奈落の底を覗くことも叶わず、芥川龍之介の蜘蛛の糸を連想させる激下り。下りながら段数を数えたら何と61段もあった。
その後も痩せ尾根の急下降が続く。足の運びは相変わらず重く亀の歩み。しかし、ここまで来たら先へ進むしかない。冴えない体調とは裏腹にキレットから眺める景色は圧巻の一言。特に大天狗、小天狗を従えた赤岳は迫力満点だ。
キレット小屋を過ぎると愈々赤岳への標高差450mの急登が始まる。ルンゼ状の急なガレ場をマーキング頼りに四駆登行していく。遮るものの無い南斜面、太陽にじりじりと焼かれながらの苦しい登り。やがて天狗尾根が合流する。かなり明瞭な踏み跡がついていた。大天狗、小天狗を攀じるクライマーも少なからずいるのだろう。
次から次へと続く鎖や梯子にうんざりしながら真教寺尾根、続いて文三郎尾根との分岐を過ぎれば、赤岳山頂は指呼の距離だ。ネックレス状に繋がる鎖を頼りに岩稜を抜け、12時30分、今夏2度目となる赤岳の絶頂に立った。しかしこれから下る真教寺尾根も難路。早々に赤岳に別れを告げ、下山にかかった。
先ほど通過した真教寺尾根分岐点まで戻り、本日二度目の急下降だ。延べ250mにも及ぶ断続しながら続く鎖場は、前回登る時には無かった圧迫感があった。急斜面では鎖を掴みバックステップで足場を探りながらの下降となる。最後の枯れ滝の鎖場が最難関。下から男女のハイカーが見上げているので落石厳禁と緊張させられた。
こうした難所をやり過ごし、針葉樹林帯に入ったところでようやく一息つけた。しかし、この先も牛首山まで疲れた身体にはうんざりするような起伏が続く。牛首山からは笹原の一気下り。スキー場のパノラマリフト山頂駅が近くなると家族連れの喧騒が聞こえてきた。
リフトで下山の誘惑を断ち切ってなおも下り続け、午後4時40分、出発点の美し森ロッジに帰着した。体調が今一だったせいもあり、この日の行動時間は12時間を越えてしまった。しかし不思議なことに、こうしてとことん肉体を酷使した後は、ランナーズハイというのか、一種独特の満ち足りた気持ちに包まれるのだ。 その主役は言わずと知れた脳内麻薬のエンドルフィン。すっかりこの麻薬の中毒患者になってしまったらしい。しかしその麻薬効果は、長くは続かなかった。帰路高速の大渋滞に巻き込まれて効き目が薄れ、さらに都内ではワイパーを最速にしても役に立たないほどの凄まじい雷雨に遭って麻薬はどこかに消し飛んでしまったからだ。 行動時間 12時間5分 |